日本人よ、“言葉”を外交の武器にせよ!
日本の大学において、一番人気のある外国語は何だかご存知ですか。英語は当然なんですが、今一番はイタリア語のようなんです。でも、考えてみてください。今、イタリアが日本を攻めてくる可能性はあるのでしょうか。それはほとんどゼロに近いでしょう。では、ロシアはどうでしょうか。ロシアという国は、世界において唯一日本と戦争状態にある国。しかも、これまで日露戦争をはじめ、ノモンハン事件、シベリア出兵、大東亜戦争の際の北方領土の占領と、日本と4回もの戦争をしています。つまり、日本を守るという意味では、今一番知らなくてはいけないのはロシアなんです。しかし、日本の大学ではそのことを理解せず、ロシア語に全然力を入れていない。ほとんど講座も開かれていない状況です。
現在、日本は世界において最も魅力のある国です。四季は美しいですし、食べ物も豊富ですし、とにかく世界中の人が羨む国です。しかし、日本は一度「戦争はしない」と武器を捨てました。その結果、周りの国は侵略を考えるようになる。魅力のある国が武装せずにいるわけですから、当然です。このような状況を防ぐためにも、私は“言葉”を武器にしなくてはいけないと考えています。
そもそも日本は、明治時代の頃、「西洋に追いつかないと、欧米の植民地になる」という危機感から、欧米の学問を急いで取り入れていきました。しかし、一番大事な「言葉を操作する」という学問だけは取り入れなかった。それは、詭弁や嘘というのが、日本人特有の「真実を語るべきである」という武士道精神に反するからでした。
しかし、外交というのは、騙し合いです。しかも、武器を使わないと決めたのなら、それを言葉で補わなければいけない。念仏主義ではダメ。平和、平和……と呟くだけでは国は守れません。守るためには、特殊なことをしなくてはいけません。
タタミゼ効果で、世界をふにゃふにゃにする
そこで、今日若いみなさんに私がお伝えしたいのは、これまで「習う」側だった日本が現在は「教える」側に変わったという事実を自覚してほしい、ということです。
そのヒントになるのが、「タタミゼ効果」です。そもそもフランス語には、「日本かぶれにする」「日本贔屓になる」という意味の「タタミゼ(tatamis-er)」という言葉があります。というのも、海外の人が日本語や日本文化を学ぶと、日本人のように柔らかく謙虚な性格になることが多いのです。そのいい例が、ジョン・レノンでしょう。ジョン・レノンは元はとてもマッチョだったのに、オノ・ヨーコとの出会いを通じて反戦論者の柔らかい人物になっていきました。
このような興味深い現象を、私は「タタミゼ効果」と名づけました。そのタタミゼ効果を使って、世界中に日本語、日本文化を広め、世界中の人をふにゃふにゃにする。そうすれば、戦争はなくなるのではないかと考えるのです。そのためには、まず日本人自身が日本のことを理解することが必要不可欠です。
そうでもなくても、私は人類という存在がローカリゼーション、つまり「隣は何をする人ぞ」という鎖国の道を歩むことこそが、究極の素晴らしい生き方なのではないかと思っています。日本に住んでいるのに、わざわざフランスのミネラルウォーターを飲むなんて馬鹿げていますよ。水を飲むならそのあたりのものを飲めばいいし、もし汚れているなら、その水をどうやって清くするかを考えるべきなんです。それに、自分たちの資源を大切にすることで、貿易も少なくできる。そうすれば、必然的に戦争は減っていくはずなのですから。
日本には250年もの時間を鎖国して生活ができたという歴史があります。日本の大学は、当時の鎖国を軽蔑していますが、それはとんでもない間違いでしょう。本当はその発想こそが日本を救い、世界を救う可能性を秘めているんです。
ですから、若いみなさんには、ぜひもう一度日本の素晴らしさをもう一度確認していただきたい。そして、日本の魅力を世界に伝え、タタミゼ効果で戦争をなくしていってもらえればと思います。
では、そろそろみなさんもお腹がすいたでしょうし、私もちょっと危なくなってきたので(笑)、今日はこの辺で私の長広舌を終わりにしたいと思います。
松嶋啓介's EYE
2020年の東京オリンピックが目の前まで迫ってきた今、僕たちにはもう一度自分の国の文化を見直すタイミングがきていると思います。「自分の国を見直す」というと、いささか大げさなように聞こえるかもしれません。「それは国がやることだろう」と言う人もいるかもしれません。しかしこれは、まぎれもなく日本の国民一人ひとりが行うべきことです。それは当然、僕ら77年世代も当てはまるでしょう。
僕たちは2020年を42、42歳という年齢で迎えることになります。そのときまでに、僕たちはそれぞれ何をするべきか——そのことを考える意味でも、今回は名著『ことばと文化』の著者であり、御年90歳の大先輩・鈴木孝夫先生にお越しいただき、「継承」というテーマでお話を伺いました。
今回、トークセッションのお願いをしたとき、先生は「命をかけても、駆けつける」と仰ってくださいました。その熱意は当日のイベントに参加されたみなさんにも感じていただけたと思います。
多くの学びと気づきに触れられた1日に、感謝です。先生、本当にありがとうございました。
みなさん、これからを大切にしましょう。
鈴木孝夫(すずき・たかお)(言語社会学者、慶應大学名誉教授)
1926年、東京生まれ。慶應大学名誉教授。同大文学部英文科卒。カナダ・マギル大学イスラム研究所所員、イリノイ大学、イェール大学訪問教授、ケンブリッジ大学(エマヌエル、ダウンニング両校)訪問フェローを歴任。専門は言語社会学。『閉された言語・日本語の世界』『ことばと文化』『日本語と外国語』『武器としてのことば』『日本人はなぜ日本を愛せないのか』『日本語教のすすめ』『人にはどれだけの物が必要か』など、著書多数。