数字に表れる「食と健康」の関係
私の専門は「予防医学」という分野なんですが、実はある研究で「料理をする時間が長い国ほど健康である」というデータが出ているんです。特に日本は、世界的に見てみても料理をする時間が長く、肥満が少ないという結果が出ています。
もともと日本というのは、戦後に国家レベルで健康度が改善した国のうちのひとつ。GHQが統治している間の6年間で、平均寿命が10年以上も伸びています。というのも、当時のGHQは、「生活改善委員」を組織して日本全国の農村の衣食住の改革を行っているんですが、その際に粗悪だった「かまど」を改善したり、ヘルシーな料理の作り方などを教育したりしていったんです。そのことが基盤となって、現在の日本人の健康というのが数値に表れるようになっていきました。
また、健康度を改善したもうひとつの国がフィンランドです。それまでフィンランドは心臓病に悩まされる人が非常に多く、働いている40~50代の10人に1人は、心臓疾患が原因で仕事を休むほどだったと言います。そこで、何をやったのかというと、やはり国をあげて徹底的に一般家庭の料理を改善したんですね。その結果、25年後には国全体の心臓病死亡率を70%程度も下げることに成功し、今や世界有数の健康的な国になったわけです。
このように見てみると、健康づくりの基本というのは「料理」だというのがわかります。そんなことから、「やっぱり、料理を覚えないといけない」ということで、今回(松嶋)啓介さんたちと一緒に新しいプロジェクトを始動することになりました。
うま味で人工知能をつくり出す!?
世界各地のレシピを分析していると、フレンチであれ、イタリアンであれ、和食であれ、中国料理であれ、どこの国の料理でも、ひとつのレシピに含まれている平均食材数が9つだという結果が出てきます。
つまり、「料理とは何か?」とい問いは、「無数にある食材の中から、いかに9個をみつけるか」という組み合わせ問題だと言えるんです。その事実に気づいて、世の中にある料理の食材の組み合わせを計算したところ、脂と糖、そしてうま味の間に、まだ本来のポテンシャルを発揮できていない未開拓地域があることがわかったんです。
そもそもうま味というのは、人間の脳を服従させる効果を持つもの。そのため、人はうま味をベースにして、その味覚にあった料理を作り出すようになっていきました。僕はその点に注目して、現在、イリノイ大学のラヴ・ヴァーシュニー准教授と一緒に、うま味をベースとした人工知能であたらしい料理をつくるプロジェクトを進めています。
その点、啓介さんは、脂と糖、そしてうま味という孤島に細い橋をつなぐという、料理界のイノベーションを起こしている人。僕ができるのは、あくまでも素材の組み合わせの提案までなので、これをどう料理するのかという試みを一緒にやっていきたいと考えています。
また、研究をしてると、データや理屈としては間違いがないものの、料理に関する経験がない分、不安に感じることも少なくありません。そういったものを一度啓介さんに投げかけて、答え合わせをすることで「やっぱり正しかった」と安心感を得ています(笑)。
その一方で、答えが合っていたと知った瞬間に、「じゃあ、啓介さんも知らないような例外的なパターンはないだろうか?」と探し始めたりも。研究者というのは、そのような行程を踏まえながら、理論をつくっていきます。そういう意味では、もしかしたら僕は、このプロジェクトを通じて啓介さんが「そうじゃない」「これは違う」と言う日を待ち望んでるのかもしれませんね。
石川善樹(いしかわ・よしき)(予防医学研究者、医学博士)
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と共同研究に従事。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター
著書に以下がある。
●働く人の健康づくり
『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデント社)
『仕事はうかつに始めるな―働く人のための集中力マネジメント講座―』(プレジデント社)
●ダイエット
実践編 → 『ノーリバウンドダイエット』(法研社)
理論編 → 『最後のダイエット』(マガジンハウス社)
●健康づくり
『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス社)
『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)